発展途上国からこそ、新しいイノベーションが生まれている理由

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限られた資源の中で知恵を絞って、役立つ製品を生み出す。

まるでこれぞ日本人のクオリティだと語られがちだが、これこそ人間力と言えるのかもしれない。

ただ、本当に厳しい状況は、日本だけのものではない。
そしてイノベーションとは、世界中のそう言った限界地域から生まれるのだろう。

少し前のTEDに登場し、最近日本語訳が登場した講演に「極限状況における創造的な問題解決策」という講演がある。

ナヴィ・ラジュ

スピーカーはNavi Radjou、インドで生まれ、フランス国籍を持ち、アメリカで暮らすというプロフィールの企業家。

そして世界中の発展途上国から、グローバルに影響する技術革新が低コストで生まれている、という状況を紹介してくれた。

倹約的技術革新って知っていますか?

“Frugal innovation”とナヴィは呼んでいたが、より少ない資源でより価値のあることを生み出す、ということ。

枯れてしまったベンチャー企業紹介のコピーみたいだが、紹介されるシビアな例を見ると、これこそ革新だと感じてくる。

例えばインドの極貧困地域では、電気を使わずに何日も食料を保存できる冷蔵庫が考え出された。

ジュガード

年間25ミリの降水量しかなペルーのリマでは、毎日90リットルの水を作り出せる大型広告版が考え出された。

フランスの中産階級からは、たった5分でネットバンクアカウントとデビッドカードを持てる端末が広がり、銀行や流通に革命を起こしている。

それらの地域では、資本層から搾取されるだけの発展性の薄い、真の極限状況の中を人々が生き、その術としてイノベーションが生まれている。

切羽詰まった状況にあるならば、低コスト、簡便さがなければ利用されない。

そしてそれはグローバルに広がる要因でもあるので、今世界中にそれらのイノベーションが広まっているのだ。

実は既存のビジネスとは相反するのかも

もしそれらを「倹約的」と呼ぶなら、これまでの技術革新は「浪費的」技術革新と呼ぶのかもしれない。

日本を含め欧米では様々な会社が研究開発に莫大な金額を費やしている。ホンダやトヨタだって、R&Dに毎年何百億円もかけ、数多くのトライアンドエラーから、真の技術を見出している。

より複雑に、より他者より差別化した製品を製造するため莫大な量の天然資源を消費している。

iPhoneなんてほら、幅が伸びました、ボタンが変わりました、なんてたびにどんどんと値段が高くなっている。
どんどん、作る側も使う側も、無駄が増えていっているのではないだろうか。

ただ、限界が見えているが故に、こう言ったビジネスモデルはいずれ立ちいかなくなるのかもしれない。

いろんな製品が付加価値とともにどんどん高額になるため、それらを維持する余裕がなくなってくる、とナヴィは指摘している。

日本にいる自分から見ても、格差が広がれば広がるほど、数を得ることで利益を上げるモデルが立ちいかなくなる。

消費的イノベーションモデルとなっている日本は、スマートなイノベーションについていけるだろうか?

新しいアイデアや話を聞くたびにこれはすごい、ぜひ日本でも広がったらいいのに・・!と感じるものだ。

TEDを見てもう一つ感じたのは、倹約的イノベーションの特徴であるそのスピードについていけるだろうか、という点だ。

例えば中国では、高額な病院を建設する代わりに 遠隔医療を導入することで 何百万という人々を救っている。医師や看護師の資格がなくても使えるローコストのCTスキャンが広まっている。

ケニアでは家庭用簡易ソーラーパネルが200ドルで提供され、携帯電話で決済されている。

もちろんこの日本にも、たくさんのスタートアップがあり、最近は特に地方からの革新に目が止まることも少なくない。

Uberの進出にしても、医療の分野、フィンテックの進出にしても、既存のビジネス、資本競争社会をベースにした成長モデルがハードルとなる。
いくら憂に沈みそうなデメリットがあったとしても、そしてそうしたものを基盤に設計し築き上げた文化、人々の暮らし、信頼もあり、それを続けていかなければ困る人もいる。

たとえどんなに本当に便利な良いものであったとしても、想像を絶する時間と人的資源とお金を使わなければ変化しえないとしたら、「倹約」の本末転倒だ。

鍵の一つはローカライズなのかも、と思った

グローバル化が叫ばれて数十年経つが、国境の高さはその度に感じずにいられない。
特に言語の壁、文化の壁は大きいものだ。

フィリピンに行った際、Uberにはお世話になった。ドライバーたちもどんどん増えているという。

フィリピンに行った際、Uberにはお世話になった。ドライバーたちもどんどん増えているという。

ゆえに、例えばタクシー業界であってもインドのリキシャ、アメリカのイエローキャブ、フィリピンのジープによってもIT的発展は異なるように、その地域に「受け入れられやすい方法」で変わっていくんだろう。

日本には新アイデアのベンチャーがない、などの批判記事を見ることがあるが、日本に求められているのはこのローカライズだからかもしれない。

今、技術革新は「より困難な状況を抱えているところ+既存の技術」から生まれている。

「もうちょっと良くなったらいいな」というレベルの必要からではないのだ。

もう一つの鍵は、タイミングだ

ということは、その「より困難な状況が生まれたら」発生するという論理になる。

物事が、または人の個性が変化するために必要な要素は「環境」「意志」、そして「タイミング」だと思う。

その技術革新が求められるようなクリティカルな状況が生まれた時、まさにイノベーションがはじまるのだと思う。

ローカライズなど言ってられない、どんどんと広まっていくし、またより革新的なアイデアが生まれる。

3.11の頃は、官民関係なく協力しあうことでいろんな起死回生のアイデアが生まれた。

だかからこそ、何がどう科学反応し変化していくのかは、なかなか先行きは読めないもの。

でもこの「倹約的イノベーション」のスピリット、危機的状況だからこそポジティブを持っていることは大切だ。

 

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